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「21世紀への挑戦」全7巻 刊行にあたって

編者代表 北川 隆吉

人類の歴史のなかで、「大航海時代」と呼ばれる、人々の大量移動と、それによる異文化接触と交流が、次世代の社会諸相の変化に少なからざる影響を与え、社会的変動の基本的推進要因となったことは、多くの論述によって明らかである。
この時期が人類史の変化の画期となり、それに続く二つの注目すべき事態を、人々は目のあたりにすることになる。ひとつは、「近代」の社会的思想的結合・様式などを生み出したこと、いまひとつは「新世界」=アメリカ的結合・スタイルの生成と確立である。
この二つの社会的ビルドゥングが、いかなる原因で形成され、変化、影響を現存する社会にもたらしたかについて、いまも研究は続けられているが、確立した定説を明示するのはむずかしい。たとえば、近代(社会)化の成立には、「産業革命」「宗教革命」そして「民主主義の成立」が前提とされ、それが通説となってはいる。しかし、そのひとつ「産業革命」について最も先進的であったイギリスの研究者の間でも、その発端の時期についてさえ、学説はまちまちである。さらに「宗教」(ここではキリスト教)の分裂・変貌と、今日まで社会体制の基礎とされている「資本主義」の形成との関連についても、これまた諸説が存在する。にもかかわらず、近代(社会)化は歴史の趨勢とされ、少なくともこの300~400年の変化について、どの地域社会、国家、民族の存在形態であれ、ここにあげた主要なワードと切り離しては到底説明できない。いわば自明であるかのごとき認識が、一歩さがって見直してみると「非自明」な局面にぶつかりながら、人類の歴史は経過してきているといってもよい。
そのようにして400年間変わることなく続いてきたアメリカ社会で、社会的枠組みとされてきた「白人の支配」が破れ、黒人系大統領オバマが誕生した。これは決して軽々しいことではない。このことがアメリカ社会のみならず、南北アメリカ大陸の社会状況や対外政策に影響しないはずはない。しかも中近東社会を基盤とする「9・11事件」が、人類社会の深部にひそむ「何物か」をつき動かして爆発し、世界を動かしている。
これらからだけで、何らかの結論を見出したり、21世紀以降の人類社会の未来についての予言を与えるのはむずかしい。
先のイギリス労働党内閣で、ブレア首相の政策顧問であったA・ギデンズ氏が、2002年、法政大学社会学部の創立50年記念学術シンポジウムのメインスピーカーとして来日した。同氏は、20世紀末から進行しているグローバリゼーションへの注目と、その解明の重要さについて、講演のなかで強調した。これまでのinternationalismの伸展とは異なった、nation(al)を抜きにした諸国間、諸民族間の交流と、移動の拡大の21世紀的意味の重要性を強調したのである。
グローバリゼーションについても、その概念・定義の一義性などは、いまのところどこにも存在しない。だが、少なくともポストモダンの議論はほとんど消え去り、別の模索が新しく続けられていることはたしかである。
中・南米におけるいくつもの新しい現象は、これまでのアメリカを中心とした「世界システム」論を不確実なものとしてきている。さらにアジアでの中国とインドの目覚ましい経済成長について、それを軽視する立場では、今後の正しい世界・アジア認識や、21世紀の歴史的変化の把握や理解をゆがめてしまうことになろう。
アフリカの変貌もこれまた見逃せない。これまで宇宙科学の進歩によって、アフリカ大陸に埋蔵されている鉱物資源について、伝聞としては知らされてきた。しかし今後、そのヴェールははぎ取られ、これまでとは異なったアフリカ像が繰り広げられていくことになろう。もちろん、貧困にあえぐ子どもたちの姿や、部族社会を中心とした社会体制が雲散霧消するとは信じ難い。
過去においても現在でも、そして未来にわたっても、人類史的変貌が起こっている折、混沌かつ曖昧なこうした姿は、同時代を生きる人々の眼や認識に焼きついており、やがて、その全体像がつくりあげられていくのが常道と言ってよいのかもしれない。われわれは、まさにそうした時代──21世紀の激動──を生きていくのであろう。
「近代」を迎え、アジアでの列強間の厳しい競争の隙間を巧みにかいくぐり、幕末から明治初頭の日本人、とりわけときのリーダーたちは努力を重ね、新しいポリシー・メイキングを取り入れたのであった。そして、明治20年代からの日本は、先進国に「追いつき、追い越せ」路線を走った。
1945年までの路線が破綻したとき、日本は新憲法を手にし、人類的課題が何であるかを学び、それと向き合って進んできた。しかし今、それではすまぬ段階に立っている。我が国も他の国々も、体制の違いを越えて共通に新しい段階に突入しているのである。そのことを明らかにする努力を、このシリーズでは、60余名の執筆者の力を合わせて果たしたいと考えている。その際、われわれが取らねばならぬ道は、二つの方向で存在していると考えている。そのひとつは、国内外のこれまでの貴重な業績を根本から見直し、そこから新しい道をひとつのオルタナティブとして、自らの考察によって(完結したものでなくとも)提示することにつとめることであろう。第二には、1945年以後、相対的にはそれ以前とは異なる研究条件のなかで実証研究の成果や知見を得てきているが、これを第一の方向としっかりと接合し、批判や他の業績の問題指摘の羅列としてだけではなく、正に成果を、現実に根ざした真のオルタナティブとして積み上げていくことであろう。
それが読者の方々の率直な御意見と結びあって「21世紀の問題」に立ち向かう道を導き出すことができれば、この上ない喜びとなろう。
[きたがわ たかよし/名古屋大学名誉教授]