小樽から始める文理融合型地域学

醍醐 龍馬

2023年3月に、小樽商科大学の教員や地域の学芸員を中心に総勢23名で刊行した『小樽学──港町から地域を考える』は、同大学が開講する「小樽学」というリレー講義(ゲストスピーカーを複数招く講義)の内容を再構成し書籍化したものである。従来、小樽を一冊だけでアカデミックに読み切れるコンパクトな本はなく、本書はこのような状況を解消すべく誕生した。小樽といえば、運河の街として人気の観光地であり、歴史的景観のイメージが強いが、歴史・文化・自然など多岐にわたる魅力を有する観光都市になる潜在性がある。「小樽学」のオーガナイザーを務める筆者は、自らの担当科目の歴史学との関連を出発点に据えながら、小樽の歴史、自然、芸術、政治、経済、外交などの諸分野を網羅した文理融合型のグローカルな地域学として体系化を目指した。本書により読者の皆さんは、大学の講義を受けているような気分で小樽の複合的な魅力を再発見することができるだろう。

具体的に序論の第一部では、小樽学の全体像と理解の共有化を図った後、本科目を開講する小樽商科大学の開学理念を軸に大学の歴史を学ぶ(倫理学、化学)。その上で総論の第二部では、「小樽の歴史」「小樽の自然」を概説的に学ぶ(歴史学、地学、生物学)。各論の第三部では、小樽ゆかりの人物を紹介し、小樽への理解を深める。ここでは、榎本武揚、石川啄木、さらに本学の卒業生でもある小林多喜二、伊藤整などの著名人に焦点を当てた(歴史学、文学、憲法学)。全国的知名度を誇る著名な歴史人物が実は小樽との関係が深かったことを知るとともに、彼らの人生の中で小樽が占めた位置付けを探る部である。各論の第四部では、地域社会としての小樽を掘り下げて考える。その前半では、芸術、文化、自然などの分野に焦点を当てテーマ史から見た小樽の個性を探り、地域に内在する魅力を浮き彫りにする。後半では、政治と経済の観点から、今後の小樽の活性化に繋がる地方創生の可能性を取り上げる。各論の第五部では、国際社会との関係から港町としての小樽のグローバル性を扱った。日露戦争後の外交舞台になったことをはじめ、ロシアや韓国の都市との姉妹都市提携で国際色を増した小樽を見直す。一般的にローカル色の強い地域学だが、本書は港町という特性に着目したことによりグローカルな構成になっている。

以上のような全体内容を通して、地域活性化の前提として求められる小樽の魅力の再発見を目指している。章の合間にはコラムを設け、小樽の魅力をさらに知れるようになっている。巻末には索引も付けたので、小樽の百科事典がわりにも活用できる。そして、附録として書籍中に登場する史跡などを正確に反映したカラー地図も付けた。従来の簡易な観光MAPでは拾い切れていないものも多々含まれた詳しいガイドブックとしてもご活用いただきたい。本書により小樽の人々自身が自らの街を見つめ直す契機になることを願うのはもちろんだが、それだけにとどまらず、小樽外・北海道外の読者の方々にも観光地小樽の魅力が少しでも伝わればと願うところである。

従来の地域学が特定分野からの視点に偏っているのに対し、小樽学が有機的に諸分野を網羅しえた理由は、小樽が伝統ある港町で規模もほどよく凝縮しているからにほかならない。すなわち、このような港町の特性は、陸海の自然の多様性をもたらすのみならず、国内他地域や海外との交流により経済や文化を発展させ、人の往来の活性化を促しながら有名な歴史人物たちの人生にも密接に絡んでくる。明治以来の長い歴史を有する小樽商科大学自体の特性も、街の様々な事象との関係を帯びる結果をもたらし、学際的な地域学の軸としての機能を果たしている。このように古い港町と歴史ある伝統校が揃った密な地域空間でこそ成立したのが小樽学なのである。昨今、人口減少問題や通過型観光都市の問題に直面する地方都市は全国に多いが、滞在型観光都市への発展を模索する小樽を例に地方創生のヒントを考えてもらえれば幸いである。

[だいご りゅうま/小樽商科大学准教授]