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  • PR誌『評論』228号:農業経営の多様な組織形態の展開とステークホルダー

農業経営の多様な組織形態の展開とステークホルダー

八木 洋憲

世界の農業において家族経営が中心を占め、その優位性が長らく指摘されている中で、近年は非家族経営のプレゼンスが増しつつある。また、コミュニティの参画を基盤とした農業も展開している。屋外の開放空間の下で事業を行う農業経営が持続可能となるためには、地域社会をはじめとして多くのステークホルダーとの影響、被影響関係を考慮することが不可欠である。家族経営と組織経営とが併存しながら経営成長を遂げてきた近年の日本の農業の経験は、組織形態の差異に着目して、適切な経営管理を検討するための重要な示唆を与える。

日本国内の販売農家戸数は2010年には163万戸あったが、2020年には103万と、10年間で三分の一以上の減少がみられた。同じ10年間に、法人農業経営体は2万3000法人から3万1000法人に増加し、そのうち集落営農法人は2000法人から5500法人に増加した。家族経営では、農地の借地や雇用導入による規模拡大が進められるとともに、水田農業全体における専業化、法人化した経営のシェアが増しつつある。集落営農組織は、当初は法人格を持たない任意組織であり、独立した経営としての性格が乏しかったものが、近年は、法人化による形式的な独立だけでなく、経営資源が蓄積され、経営として継続しうる組織形態となり、水田経営の主要な主体となってきている。また、新たな就業先として農業法人に就職する新規雇用就農者の数も、2010年には約8千人であったが、近年は毎年約1万人程度で推移している。経営耕地面積10ha以上の農業経営の面積シェアは、2010年に都府県で23.9%であったが、2020年には37.0%に達している。

たとえば、本年2月に刊行した『水田経営の戦略と組織』では、コンバインなどの大型機械の稼働効率や作業日数において、同一規模、同一条件で比べれば、家族経営が最も効率的であり、その差は、集落営農による農地集積による効果によってもカバーしきれていないことを示している。一方で、組織の非効率性は、面積規模の拡大によって相殺されており、農地集積による効果は、とくに集落営農の優位性に寄与していることが示された。また、農繁期である稲刈作業の間、集落営農では、集落内の住民が多数、交代で出勤することにより、定時で作業を完了できていた。すなわち、地域内の多数の住民が非常勤の従業員として参加しているため、その連絡調整コストによって経済効率性は劣るものの、相対的に労働条件は良好であることが示された。

一方、都市近郊では、2018年に1992年以来継続してきた都市農地政策である生産緑地制度が抜本的に改正され、都市の農地を借地することが実質的に可能となった。とくに人口密度の高い地域では、消費者への直接販売や体験型農園によって、地域住民との良好な関係を構築しながら農業経営を成立させている。こうした経営はコロナ禍においても、持続的な運営が可能なケースが多いことが明らかとなった。さらに、農業体験に参加する都市住民が、農産物の収穫だけなく、心身の健康維持の効果を感じていることも示されている(『都市農業の持続可能性』より)。

以上のように、農業経営が地域社会の支持を受けて持続するためには、規模拡大や組織形態の選択だけではなく、その戦略や管理が適切に行われる必要がある。とくに、ステークホルダーへの対応、農地集積のプロセス、気象条件を踏まえた作業管理や労働環境の保全といった課題への対応が求められる。農業において家族経営が効率優位である中で、多様な価値提供を進めながら、持続的に組織を運営していくためには、それぞれのステークホルダーが知識やスキルを持ち寄り、共通のビジョンに沿って、適切に役割分担を行っていく必要がある。それは簡単なことではないが、これからの農業において求められる方向の一つであると考える。

[やぎ ひろのり/東京大学准教授]