MVSICA再考

中川 辰洋

その年の某学部の入試監督の折、何気なしに英語の問題冊子の頁を繰ってみた。冒頭の設問はEurovision Song Contest (ESC) の評論文から出題。英文の趣旨は大略こうだ。ある年優勝曲以下すべてが英語の楽曲、いまや英語抜きに現代音楽は語れない。

往時渺茫、ジリオラ・チンクエッティ、フランス・ギャル、ニコル・セイバート、ABBA、セリーヌ・ディオンなど多くの人気歌手を輩出したESCも、昨今では2014年の優勝者〝髭の貴婦人〟コンチータ・ヴルストを最後に記憶に残る歌い手を知らない。

按ずるに、出題者は洋楽の知識・教養のした日本人英語教師だろうから、くだんの英文を鵜呑みにしても責められまい。けれどもその──英国人と推測する──の不見識は看過できない。第一、かく言う英語圏のアーティストにはが多いからだ。英国ではペトゥラ・クラーク、サンディ・ショウ、ボニー・タイラーの大御所連はみな仏語が達者で、米国でもジョー・ダッサン、ステイシー・ケント、ベリンダ・カーライルなどがおり、さらにスウェーデン出身のエスケリナら北欧勢も忘れてなるまい。

それだけではない。テイラー・スウィフトに劣らぬパリ大好きのスティングは、2015年11月のムスリムを騙るテロリストの標的となったパリ市中心部のバタクラン劇場の犠牲者追悼コンサートを翌年秋に同劇場で開催、喝采を博した。彼はまた十余年前シャルル・アズナヴールと“L’amour c’est comme un jour”をデュエットして大向こうを唸らせた。

ちなみに、そのアズナヴールの“La Bohème”をバックに、米国のフィギュアスケート選手ネイサン・チェンが北京冬季五輪で熱演して金メダルに輝いた。驚いた向きも多いはず。

驚きといえば、かのビートルズの初期の名曲の独語版“Komm Gib Mir Deine Hand (I Want to Hold Your Hand)”と“Sie Liebt Dich (She Loves You)”だが、デビュー前のハンブルクのファンへのサービスだったろう。かたやポールの歌う“Michelle, ma belle, ce sont des mots qui vont très bien ensemble”は、シルヴィ・ヴァルタンやジョニー・アリディらの加勢で1964年1月にパリ・デビューを果たして後のファン増が目標だった。

ローリング・ストーンズも負けていない。2017年のポルトガル公演で、ミック・ジャガーがファドの女王アマリア・ロドリゲスの再来といわれるアナ・モウラをステージに招待した。彼女はそんなミックに敬意を表して“No Expectations”を披露、会場は万雷の拍手喝采に包まれたという。

今は昔、1960年代央ロンドンやパリでは「響きと熱狂」に満ちた若者の音楽が早定着していた。だがイタリアはまだそんな時代情況になかった。それを映す鏡が、ビートルズ、ストーンズと並ぶ売れっ子で、当時ジェフ・ベックを戴くヤードバーズのサンレモ音楽祭での酷評だった。わが国でも人気のミーナ、ミルヴァ、カテリーナ・ヴァレンテなどは仏語などでポップミュージック愛好家だったのだが。マティア・バザールがサンレモでポップミュージック・グループとして初の栄冠に輝くのは78年だった。

大西洋の対岸に目を転じると、1960年代のヒットメーカーのソニー&シェールは、某仏大企業の御曹司フランク・アラモの“Sing c’est la vie”の英語版を歌い注目された。また、シナトラ親分が歌い大ヒットした“My Way”は、クロード・フランソワが庶民の日常を歌った“Comme d’habitude”の版権を、ポール・アンカが買い上げ、歌舞伎で謂う「金ぴか物」に作り替えて親分に進上した75年の作品だった。

反対に、英米のヒット曲の仏語カバーが成功したケースも少なくない。なかでもモード誌『ヴォーグ』のマヌカンから歌手・俳優に転じたフランソワーズ・アルディが好例で、彼女の六八年のヒット曲“Comment te dire adieu”のオリジナルは、米国の人気歌手マーガレット・ホワイティングの歌う“It Hurts to Say Goodbye”だった。

以上から知れることは、音楽は言語と同じく多様ということだ。ことほどさように、musicはラテン語musica/MVSICA(発音はムシカ)が語源だが、人の生きる地域や時代が違えば、音楽と考えられるものも違ってくる。

その意味では、本年5月のESCでウクライナのカルーシュ・オーケストラが優勝したのは多様性の表れだろう。ただしこれにはヤードバーズとは対照的に時代情況が味方したとの批評もある。しかしながらいまは寺田寅彦に倣い、あえてオリジナリティを出さず‟Congratulutio”と言っておこう。

[なかがわ たつひろ/著述業]