国産小麦の増産に向けて

関根 久子

小麦の国際価格が上昇している。2022年2月、ロシアによるウクライナ侵攻が開始したが、両国は世界有数の小麦輸出国である。2020年の小麦輸出量は、ロシアが世界第1位、ウクライナが世界第5位となっている。国際的な供給不足が懸念される中、5月には、インド政府が国内供給を優先するとして輸出停止を発表。さらに、米国や欧州産地の干ばつも懸念される状況にある。世界的な品薄が、小麦価格を押し上げている。

日本は、小麦の輸入国である。米と並んで主食の地位にある小麦だが、その自給率はわずか15%(2020年度)と低く、国内消費量の85%を輸入する。日本が輸入する小麦は、米国産、カナダ産、豪州産でほぼ100%を占め、ロシアおよびウクライナからは輸入していない。しかし、世界的な小麦の供給量が減少し、それに伴い国際価格が上昇すれば、日本が輸入する米国産、カナダ産、豪州産の小麦価格にも影響することになる。

こうした不安定な国際情勢の影響を小さくするには、国産小麦を増産し、自給率を高めていくことが重要となる。

日本の限られた農地の下、小麦の自給率を高めるためには、生産性の向上が必要であることはいうまでもない。生産性の向上には、規模拡大に対して労働者一人当たりの生産量を増やすための作業効率の追求と、単位面積当たりの収量を増やす土地生産性の追求がある。少子高齢化が進み、農業経営体の数が減少している日本では、担い手が離農跡地を引き受けて規模を拡大し、一人当たりの耕作面積を拡大していくことは、農地を農地として維持し、農産物を継続して供給していくために重要である。しかし、自給率向上という点では、土地生産性の向上、すなわち単収の向上が不可欠となる。

近年、日本の単収は4トン/ヘクタール前後で、欧州の小麦輸出国であるフランスやドイツが7トン/ヘクタール付近で推移しているのと比較すると低水準にある。小麦は、冷涼乾燥を好む作物のため、温暖湿潤で、かつ、収穫時期に降雨の影響を受けやすい日本の気象条件では、小麦栽培は不利な面はある。しかし単収の伸びに着目しても、日本の水準は低いと言わざるを得ない。

伝統的な小麦輸出国であるカナダ、フランス、ドイツでは1961年以降、単収が3倍から5倍と大きく上昇している。これに対して、日本の単収は最も高い2015年においても1961年の1.7倍程度の水準に過ぎない。技術進歩は栽培適地であるか否かとは別の問題であり、この点からは、日本の単収向上の余地は大きいと考えるべきであろう。日本で土地生産性を高めることは、自給率向上のために必須の取り組みであるとともに実行可能性の高い手段ともいえる。このような理解から、5月に刊行した『小麦生産性格差の要因分析──日本と小麦主産国の比較から』では、小麦の土地生産性の向上を自給率向上のための手段と位置づけ、単収向上を実現するための方策について考えている。

同書の結論を端的にまとめれば、日本の小麦生産性の向上には、第一に圃場条件の整備、第二に土地利用型作物であっても集約的に栽培する技術の確立、第三に品種交替を促す制度の構築が必要といえる。日本では、小麦は産地品種銘柄ごとに取引されており、品種の混合は収入の低下につながるため、生産者は長期にわたって同じ品種を選択する傾向がある。これに対して、小麦主産国では品質単位で小麦が取引されるため、生産者の品種交替に対する抵抗が小さく、単収が高い新品種の導入が進んでいる。高単収を可能とする栽培技術の確立とともに、品種交替を促す体制が構築されれば、日本における小麦の生産性も向上すると考えられる。

同書の執筆時、ロシアによるウクライナ侵攻もなく、世界の小麦供給が危機的状況に陥ることは想定していなかった。ここで示す国産小麦の単収向上のための方策は、同書の執筆時よりも重要性を増しているように思われる。今後は、国家間の紛争が二度と起きないことを望むが、自給率を高めておけば、いかなる国際情勢の影響も最小限にとどめることができると考える。

[せきね ひさこ/農研機構上級研究員]