神保町の交差点

●数年前から、「終活」なる言葉が浸透し始め、頻繁に聞かれるフレーズとなりました。著者の方々はじめ、業界の諸先輩の方々とお会いする際にもよく耳にします。人によっていろいろな「終活」はあれど、このような思いがあったかと思う出来事がありました。それは昨年の八月、一本の著者からの電話で実感したのです。著者は、「短いこの先を思うとどうしても心残りなことを解決したい。貴社で刊行してもらった本に、誤字脱字があり何とかしたい、協力してくれないか。」という内容でした。改めて本を読み返し、著者が言われることに納得し、即対応を決め取り掛かることにしたのです。著者は、余生を自著の他、書き溜めたものを「著作集」としてまとめる作業に精力を出されている中、この一冊をどうするか悩んでいたそうです。電話から数日後、著者より赤字の入った本が届き、ゲラにして取り掛かりました。校正ゲラのやり取りに二か月半と、新刊を作る手間と変わらない作業となりましたが、十一月初旬に、著者にお渡しすることができ、「安心した。ありがとう」との言葉をかけてもらったのです。オンデマンド版とはなりますが再販しました。ご紹介させていただきます。高橋明善著『沖縄の基地移設と地域振興』、二〇年前に出された本ですが、辺野古移転にも触れられており、今も何ら変わらぬ沖縄の問題とその深層を読み取ることができます。今回の出来事を通して、一人の研究者の「終活」を窺い知ることができました。
●二〇〇一年に資料の復刻事業による経営から脱却し単行本一本で飯を喰っていくと会長が宣言してから二〇年余がたちました。年間五〇点を超える新刊を出し続け、何時しか学術書が中心となり、本の届け先が見えるようになったのです。そんななか昨年八月、大妻女子大学ブックレットを三冊刊行しました。「読者の顔が見える」を新たな得意分野としてきた小社にとって、『女子学生にすすめる60冊』は、刷部数の塩梅がわからず四か月後には、在庫が品薄となってしまったのです。他の二冊『英国ファンタジーの風景』『カウンセラーになる』も売れ行き良好です。専門書を売ってきたという視点からは、見えていなかった読者へと広がった結果なのかと感じました。見渡せば日本全国各々の大学が工夫を凝らし、独自性を持ちながらブックレットを刊行しています。教師陣の研究レポートや、時事問題、地域の歴史や、市民参加等などを発信し続けています。誰に向かって発信し続けるか、それでいえば、大妻ブックレットは、中学生や高校生らの若者への発信に徹しているのかもしれません。ここに入学すればと思える期待感が持てれば、大学の四年間は、きっと充実した時になるかもしれません。もちろん教師陣もそれに応えるべく尽力してくれることと思います。大妻ブックレットが今後とも、この若者たちへのメッセージを途切れることなく発信し続けることを願います。
●金田陸幸著『個人所得課税の公平性と効率性』二〇一八年刊が、第二八回租税資料館賞(著書の部)を受賞しました。著書の部二名、論文の部二名、租税資料館奨励賞七名と、重厚な雰囲気の中で授与式が執り行われました。祝辞を述べられた代表理事の河﨑照行氏は挨拶の中で、これからも若い研究者の発掘を続けると述べられ、また受賞者に対しても個々の研究に向け一層の精進を願うとの激励の言葉を掛けられていました。たしかに受賞者の中には多く若手が目につきました。受賞者は教員三名、他は皆院生であり、この院生の中から何人かが研究者の道に進んでくれるだろうと、楽しみに思えた場面でした。
●二〇二〇年を迎え、昨年はどんな年だったのかと考えると、新しい著者との出会いも増えてきて、この数年で本にすることができるようになってきました。今期の刊行スケジュールを見てみると、永いお付き合いの著者と、新たな著者がちょうど半分になっていたのです。この比重が、今後どうなってゆくのかはまだ解りませんが、新しい著者が増えていくことが最重要であると皆も理解しています。しかし、小社が継続することができた歴史は、永い間お付き合いくださっている著者とのご縁があっての結果です。この頃、社の皆とよく話をします。「これからの著者をどう見つけ、どう付き合っていくか」というテーマです。今後十年、二十年と小社が継続していくために何をしていくかを皆が語ってくれます。来期は小社も創業から半世紀となる五〇周年を迎えます。小社に限らず、本を出すことへのハードルは年々上がってきているのが現状です。そこで小社では五〇周年事業として、このハードルを引き下げ、若手研究者を中心に出版をお手伝いする取り組みを行いたいと考えています。もちろん審査はございます。またお知り合いの先生方からのご推薦もお受けいたしております。准教授以下の若手研究者で、我こそはという方々、ご連絡をお待ちしております。