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  • PR誌『評論』214号:『災害時の情報伝達と地方自治体』の刊行にあたって

『災害時の情報伝達と地方自治体』の刊行にあたって

西本 秀樹

 我が国では、兵庫県南部地震(一九九五年一月)、東北地方太平洋沖地震(二〇一一年三月)の二つの巨大地震に見舞われ、その後もそれまで想像もしなかったような大きな災害被害が出て、未だに十分な復旧ができていない場所もあります。その地域ではNPOやNGOをはじめ、今も多くのボランティア活動に携わる人々が現場支援や復旧活動に力を注いでいます。
 災害発生時には、初期段階からの機敏で正確な情報収集と発信が求められます。公的情報はテレビ、ラジオ、新聞を通して発信がおこなわれていますが、東北地方太平洋沖地震を境に、SNS(ソーシャルネットワークサービス)が身近な情報収集、発信手段になってきました。SNSの持つ即時性、地域性、拡散性から「必要な情報を必要な場所に」送り届けるリアルタイムの伝達媒体として、災害発生時のライフラインとしてなくてはならないものになりました。
 一方、SNSは発信者の匿名性やなりすまし発信が可能であることから、恣意的に誤った情報が大きく発散し、現場での混乱が引き起こされるという負の側面もあります。私たちは災害時でも、このようなSNSの利便性と負の側面の両方を理解し、活用していかねばなりません。
 このたび日本経済評論社より刊行した『災害時の情報伝達と地方自治体』は、災害時の我が国における各自治体や民間でのSNS利用の現状や海外での活用事例、経済性、最新の関連情報技術を解説し、今後の災害時情報伝達のあり方を考える時の基盤研究成果として編集しました。
 第一章では、政府や国土交通省をはじめ国の担当機関の災害に強い国土づくりや危機管理に備えた体制の充実策、自然災害への対処策や予測システムについて触れて、災害時における市民によるSNSなどソーシャルメディアの役割が、東北地方太平洋沖地震以降、重要な役割を果たしてきていることに着目し、その事例を紹介しています。
 第二章では、地方分権の立場から、近年急速に発展しているIT技術やそれに応用した電子政府の推進が、そのような要因にいかに作用し、地方分権の実現にいかに貢献するのかを検討しています。NPM(New Public Management) による行政の効率化(新しい公共経営)の必要性を指摘し、その戦略を概説しました。
 第三章では、地方自治体の災害時政策を立案する際の政策情報と政策評価および地方行政の効率性について解説しており、とくに、政策判断が「ヤードスティック競争理論」に基づいておこなわれることの重要性を指摘しています。災害時の地方政府の活動の透明性を高め、各地域住民の満足度水準などの情報が正しく全住民に伝わっていなければならないことを指摘しています。
 第四章では、災害時に重要となる情報の伝達データの新たな管理方式について詳述しています。いかに正確な情報を迅速に発信するか、オープンデータ利活用の課題を解決するデータ管理方式として、RTA(Remote Table Access)を提案しています。二〇一八年七月の西日本豪雨における防災・災害情報関連オープンデータの活用可能性をケーススタディとして解説を加えています。
 第五章では、マレーシアの事例をもとに、災害時情報伝達の緊急管理の規範として予防、準備、対応、復旧モデル(PPRR Model)について解説しています。Facebookの危機対応ページを活用した東南アジアでの事例をあげ、デジタルワールドと物理世界の両方で、供給と需要が相互に関連する新しい緊急需要と供給の枠組みを提案し、これが政府と災害発生現場の相互伝達のための分析モデルとして役立つものと確信しています。
 第六章では、地方政府における災害時危機体制と情報伝達機能の例として京都府について検討しています。京都府や府下の市町村において、これらの課題に対応すべくおこなわれた災害情報伝達手段の整備やその運用の改善について災害情報提供・収集や災害情報通達の先進事例を紹介し検討をしています。
 本書のさまざまな事例や提案が、今後の災害被害を最小限にし、たとえ発生したとしても、その復旧活動が迅速かつ適切におこなわれるようになることに少しでも寄与できればと願っております。
 [にしもと ひでき/龍谷大学経済学部教授]