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  • PR誌『評論』174号:社会福祉学の最近の動向──社会的排除と包摂化の課題

社会福祉学の最近の動向──社会的排除と包摂化の課題

坂本忠次

社会福祉学の最近の動向──社会的排除と包摂化の課題
坂本 忠次

日本の社会福祉学は、戦後の新しい学問である。管見の限りだが、大河内理論などを踏まえて、戦後に社会福祉学の本質をめぐるいわゆる「孝橋─岡村論争」があった。福祉問題(生活保護問題や社会福祉事業)を資本主義体制の構造的矛盾に由来する貧困の再生産に発する政策ととらえる孝橋正一の経済貧困化論に対して福祉問題は体制の如何にかかわらず人間の社会生活にかかわる制度の障害、生活問題としてとらえる岡村重夫の生活的機能論との対立であった。これに加えてさらに人格主義や人権論の立場に立つ嶋田啓一郎の見解などもあった。この論争は、高度経済成長後に顕在化する公害問題などや福祉の運動を前に「運動の視点」を欠いているとの批判もありまたこれに対する反批判もあった(真田是編『戦後日本社会福祉論争』)。戦後の戦災被災者、引揚者などにより生活保護など貧困対策が初期の社会福祉学の主要な課題だったと思われる。
ところで、昨年以来の世界的な金融危機のもとでの経済不況、この影響のもとでの日本における未曾有の経済不況と危機のもとでの各企業における派遣社員の雇用打ち切り、企業倒産のもとでの失業者の増加、ニート、フリーター、ホームレスなどの増加に見られる不安定雇用層の増加など新しい貧困問題が登場するに至っている。このような、労働力市場の二重構造、三重構造化のもとでの生活問題、新しい貧困化を前にして、これまでの社会福祉論争は、新たな現実的な課題に直面するところとなった。
あたかも昨年2008年10月の日本社会福祉学会第56回全国大会では、社会的排除・格差社会を示す「ソーシャル・エクスクルージョン」とこれへの社会福祉学の対応の課題(いわば社会的包摂としてのソーシャル・インクルージョン)を共通論題として提起した。そうして、2009年10月開催予定の本年の大会テーマも、「社会福祉における『公共』性を問う」となっている。ここには、社会政策学会など経済学分野などからの影響もあると思われるが、このような新しい学会の動きをどう受けとめるか。
現代福祉国家の危機のもとで、ヨーロッパでは、「福祉主体の多元化」論がすでに以前から論議されている。それは「福祉ミックス論」とも言われてきたが、現代国家の福祉サービスは「公」の責任のみでなく、広く「民」の参加を通じ民も「公共分野」をにない、その責任を分担する(あるいは分担すべき)とする考え方に基礎を置いている。これはG・ エスピン─アンデルセンの福祉国家レジームの類型論などの主張とも関連している。
このような方向は、ヨーロッパでは、イギリスやフランス、イタリアなどでの社会的企業論の台頭となって現れている。「公」とともに「民」もになう「新たな公共」を前提に、これまでの福祉行政におけるフォーマルセクターに対するインフォーマルセクターの役割をも重視し、「社会的排除」の問題に対応して行こうとしている。そこでは、社会福祉、社会保障における国・地方の財政の公的責任が改めて問われるとともに、さらに、わが国の社会福祉協議会(改革された)、福祉NPO、福祉協同組合、社会的企業(起業)などの福祉、医療、文化、環境、教育、情報、人材育成の分野などコミュニティの再生と「包摂化」に果たす役割が注目されているのであり、筆者もこの問題について最近“試論”を展開してみたところである(拙著『現代社会福祉行財政論』大学教育出版ほか)。
学会では、岡村重夫の「生活世界からの福祉理論」に関連して“岡村福祉コミュニティ論”や“民俗としての福祉”(伝統的な共同体福祉)、そして「地域における新たな支え合い」の役割が再評価されていることも注意される(第23回日本地域福祉学会岐阜大会)。いずれにしても、社会福祉学の分野では、新たな貧困や生活問題に対応する「人間の尊厳」と「自立」「支え合い」に向けた社会福祉学の方法への新たな模索がなされてきているのではなかろうか。
なお、わが国の福祉現場では、福祉のケアに携わる専門職員の劣悪な労働条件の改善なくして福祉の明るい未来はないことを述べてむすびにかえたい。
[さかもと ちゅうじ/関西福祉大学教授]