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  • PR誌『評論』204号:三行半研究余滴 18 復縁にあたって先渡し離縁状

三行半研究余滴 18 復縁にあたって先渡し離縁状

高木 侃

かつて婿養子の三くだり半を余滴⑬で紹介した。そのときは婿が家出したらどうするかというもので、あらかじめ離縁状を受理しておくか、婿の親族等が離縁状をしたため、かりに婿が帰参しても異議を申させないと引き受けたことにふれた。 今回紹介するものは、夫の家出より数多くあったに違いない夫の「不埒」の事例で、酒乱・悪所通い(浮気)・博奕などの取り扱いである。このように夫に主たる離婚原因があるとき、妻方からの離婚請求を受けて離婚になることもあったろうが、仲裁人があり、夫も改心して復縁(当時「帰縁」といった)することもみられた。このときには、夫が再び不埒を働いたならば離婚と、妻方の請求を受けて、あらかじめ夫に離縁状を書かせて受理しておく場合があった。そうしておけば、妻は夫の行為が改まらず、不埒であったら、実家に戻って来るだけで、それで離婚成立である。わたしはこの種の妻方に離婚権を留保して渡された離縁状を「先渡し離縁状」という。これを受理しておけば、後のゴタゴタした離縁紛争を避けることができた。つぎのものは復縁にあたって、兄の代理で、差出された先渡し離縁状である。 離縁状の写真と解読文を左に掲げる。用紙はタテ24.0、ヨコ34.3センチで、11行に書かれているが、購入文書で残念ながら用いられた地域は不明である(/は行末である)。    入置申一札之事 一貴殿娘みね義、我等弟娵ニ貰ひ/請罷在処、弟郡次郎不埒之義/仕出シ、素より同人不実之仕成方/ニ付、離縁之御掛合ニ預り、一言之申訳無之、/離縁ニ相成候得とも、此度左之世話人衆/立入、再縁ニ相成、依之已来不相応之節/は貴殿之思召ニ随ひ離縁可致候、/右ニ付別段去り状不及、此書付ヲ以当人/御引取被成、離縁之事ニ御執計可被成候、/其節郡次郎方ニて一言之義申間敷候、/為後証入置申一札如件  文久三癸亥  当人兄     二月    国 太 郎㊞          証人           半右衛門㊞          同伊左衛門㊞     延右衛門殿 本文の大意はおおよそこうである。 郡次郎は延右衛門娘「みね」を嫁に貰い請けたが、郡次郎が「不埒」を仕出かした。不埒の具体的内容はわからないが、平素からの不実な行為は妻方から離縁の申出をうけ、申し訳なく離縁になっても仕方のないことであった。しかし、二人の世話人が仲介して復縁することになった。これからは夫婦仲がうまくゆかないときは、妻方の思いのまま離縁することとし、別に去状がなくとも、みねを引取りさえすれば、この書付をもって離縁の取り扱いとする。そのとき夫方では一言も異議を唱えないとしたもので、郡次郎兄が代理して仲介人両名とともに差出した「帰縁証文兼先渡し離縁状」である。 ここでの先渡し離縁状は、復縁にあたって出されたものだが、なかには結婚に際してあらかじめ差出した事例もある。上野国緑野郡三本木村(現群馬県鬼石町)喜作と武州秩父郡太田部村(現埼玉県秩父市)重太夫娘「たひ」との縁組の場合で、喜作は結婚後借家住まいで商いを始めるという。喜作の将来に不安を抱いた妻父は、娘たひが生活に困窮するときは、離婚でもかまわないかと糺した上で、夫から「離別一札」同様としたためた先渡し離縁状を受け取った。したがって、暮らしに難渋するときは妻の実家でたひを引き取り、誰と再婚させても夫は決して異議を唱えないと約束させた。 当時はこのように事前に予想される紛争をあらかじめ回避する手段を講じたもので、予防法学的観念がすこぶるすぐれた側面も持ち合わせていたのである。  [たかぎ ただし/専修大学史編集主幹・太田市立縁切寺満徳寺資料館名誉館長]