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『現代資本主義の経済理論』の刊行によせて

飯田 和人

本書は、大学生向けの経済学の教科書として書かれた。その狙いは、資本主義経済の基本的な仕組みを理解し、現代経済の歴史的な方向性を読みとるための手助けをするところにある。 ここで対象としている現代経済とは、実は2011年に刊行された旧著『グローバル資本主義論 日本経済の発展と衰退』(日本経済評論社)で筆者が分析したグローバル資本主義の時代の経済である。旧著では、第二次世界大戦後の資本主義を現代資本主義と規定し、これを二つの時代に区分した。福祉国家体制とグローバル資本主義の時代である。本書の基本的内容は、このグローバル資本主義を理解するために必要な経済理論を基礎から応用へと段階的に提示することで構成されている。共著者の高橋輝好、髙橋聡両氏には、この筆者の意図を十分に理解してもらい、全面的な協力をしていただいた。 本書の構成を見て、マルクス学派ならすぐに気付くことは、それが資本主義経済のより抽象的で単純な構成要素から、より具体的で複雑なそれへと理論を総合化していく、いわゆる「上向」的な論理展開になっているということである。とりわけ本書の第1章(市場の基本構造とその特質)と第2章(近代的企業システムとしての資本)は、商品‐貨幣‐資本という、資本主義経済の基本的な構成契機の概念内容を開示することを通して、資本主義経済が拠って立つ理論的基盤(いわばその土台)を明らかにしたものである。 続く第3章(剰余価値の生産)、第4章(再生産と産業連関)、第5章(諸資本間の競争と利潤)では、この土台の上に構築された、資本主義経済という特殊歴史的な経済システムの基本的な構造と動態を論じている。 以上が、いわば本書の基礎理論篇である。これに対して本書の応用理論篇を構成するのが第6章から第10章であり、ここではとりわけ第6章(資本主義経済と失業)と第7章(資本主義経済と消費)とが、第10章で主題的に取り上げられる現代資本主義を理解するためにも重要な章となっている。 というのも、本書においては、資本主義の歴史段階区分が、資本‐賃労働関係(より具体的レヴェルでは利潤と賃金との分配関係)の調整メカニズムという独自の理論的基準によってなされ、第六章では現代資本主義さらにはその前半期(=福祉国家体制)と後半期(=グローバル資本主義)とがこの基準に拠って他の時代と区分されているからである。それにより、現代経済がいかなる歴史的段階にあるのかが明確にされる。 また、第七章では、資本主義経済を駆動するエンジンとも言うべき資本の再生産・蓄積運動にとって消費がどのような意味付けをもつかが分析・提示されている。これによって、現代経済を主導するグローバル資本の再生産・蓄積運動が、かつての福祉国家体制の時代のように国内の労働者(大衆)の消費に依存しなくなったこと、そこからまたグローバル資本主義の時代の先進諸国に特有の格差構造が出てきていること、等々が明らかにされることになる。 さらに言えば、現代資本主義の前半期と後半期では、正統派経済学の主流がケインズ経済学から新古典派経済学に変わったことを踏まえ、応用理論篇ではこの二つの学派の理論内容についてそれぞれ批判的な検討が加えられている。つまり、ここではこうした「経済学批判」を通して「現代資本主義の経済理論」を論じている、ということである。 そのさい、現代の主流派である新古典派経済学への対抗軸として本書が依拠したのは、古典派‐マルクス経済学系譜の基軸的概念というべき「再生産」分析視角であるが、それに加えてポスト・ケインズ学派、現代制度学派、さらにはレギュラシオン学派等々、要するに現代における非主流の経済学の諸理論を援用して新古典派批判を提示している。 こうした本書の展開は、経済学の教科書としてはかなり独特のものと言える。それにより、読者としての大学生が資本主義経済に対する多様な分析視点を身につけ、自由で柔軟なものの見方や捉え方を手にしてほしい、というのが筆者らの願いである。 [いいだ かずと/明治大学]