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  • PR誌『評論』192号:『首都圏史叢書・ 近代都市の装置と統治』刊行にあたって

『首都圏史叢書・ 近代都市の装置と統治』刊行にあたって

松本 洋幸

首都圏形成史研究会は、関東地方が「首都圏」として編成替えされてゆく過程を個別自治体の枠を越えて研究すること、ならびに関東地方の近代史に興味を持つ者、あるいは自治体史の編纂に従事している個人・機関の情報交換・交流を図ることを目的として、1994年4月に発足した。一般的な学会組織と異なり、大学・高校の研究者に加え、博物館・資料館・図書館等の職員や自治体史関係者などが会員の多くを占め、各地の地域博物館等で研究例会を開催するほか、事務局も横浜開港資料館に置くなど、歴史資料の現場に力点を置いた活動を行っている。
この研究会では、ある特定のテーマを設定した小研究会を組織して、その研究成果を発表すべく、日本経済評論社の御厚意によって、これまで首都圏史叢書として以下の論文集を刊行してきた。
・櫻井良樹編著『地域政治と近代日本』(1998年)・老川慶喜・大豆生田稔編著『商品流通と東京市場』(2000年)・上山和雄編著『帝都と軍隊』(2002年)・大西比呂志・梅田定宏編著『「大東京」空間の政治史』(2002年)・奥須磨子・羽田博昭編著『都市と娯楽』(2004年)・栗田尚弥編著『地域と占領』(2007年)
各論集のテーマは、政治・経済・軍事・文化と多岐にわたるが、いずれも国と地域の間に「首都圏」という一種の地域概念を設定し、それがもたらす同質性・均質性・求心性を踏まえながら、各地域の独自性・特殊性を実証した研究論文を十本程度収録している。
このたび、同叢書の7冊目として、『近代都市の装置と統治』(2013年)を上梓することができた。本論集は、20世紀初頭から戦間期における都市装置(都市の基幹的施設・組織)を取り上げ、戦前の都市運営や支配の構造に迫った12本の論文から成る。いずれも都市装置そのものを分析するよりも、むしろそれをめぐって繰り拡げられるさまざまな主体間の相互作用を具体的かつ実証的に研究することに重きを置いている。
都市装置をめぐる主体のなかには、計画・建設に当る行政担当者・技術者、経営・維持に当る者、それを利用する市民・団体、近隣の地域社会、住民の支持調達に熱心な政党、経済利益の実現を目指す資本・メディアなど、多様なアクターが含まれる。都市の統治とは、これらの多元的な主体が、自らの「公益性」「正統性」「合理性」を掲げて、他の主体と対立・協調関係を築き上げていく相克過程にほかならない。本書では、20世紀初頭における都市交通の基幹をなす市街電車、都市の衛生環境を持続させる上で不可欠な屎尿処理システム、治安維持を担う軍隊、第一次大戦後に現れた市場・マーケット、新たなコミュニティーの紐帯としての役割を期待された1930年代の神社などをもとに、都市の「公共性」の確立がいかに困難で複雑な過程を経るのかが、東京・横浜・横須賀など各地の豊富な事例で明らかにされている。
一方、戦間期に東京・横浜が外延的に拡大していく過程で、都市装置が郊外開発に大きな役割を果したことは容易に想像できるだろう。しかし水道一つをとっても、自前の町営水道を敷設するのか、周辺都市からの市外給水に頼るのか、民間水道に期待するのか、あるいは現状維持を貫くのか、など地域開発の志向は実にさまざまである。市域拡張の過程は、都市が膨張していく過程と単純に捉えられがちであるが、こうした周辺部の都市装置をめぐる主体間の相互作用を内在的に分析することで、より立体的な都市史を再構築することも可能であろう。本書では、東京・横浜の中間にあたる荏原郡や橘樹郡の水道問題や池上本門寺、大東京のなかで新たな位置づけを与えられていく多摩地域の墓地・公園を取り上げている。
このほか、都市装置の建設・維持に不可欠な資金(財政)の問題と、市街地開発に携わる技術者の動向と彼らを支えた統治の論理を扱った2論考も収録している。前者は1932年の大東京成立と隣接町村の財政問題との関わりを検証したもの、後者は区画整理事業の担い手とそこで共有化されたイデオロギーに焦点を当てたものである。
自治体史編纂など地域の歴史研究の最前線に関わってきた執筆者が多いだけに、各論文の実証性・具体性は極めて高く、ユニークで内容豊かな論文集になったものと自負している。是非ともご一読を願う次第である。
[まつもと ひろゆき/横浜市史資料室調査研究員]