神保町の窓から(抄)

▼錦華公園下のバーで、明治大学の学部長さんたちと隣あわせて呑んだ。今、わが社は決算月であり、一年間の納品や返品の計算をしたり、作り過ぎた本の処置を段取りしたり、あるいは、年初からの出版業界の悲痛な出来事を思ったりしながら一日を過ごしての夜だった。心が沈んでいたのだろう。また、出版の世界に身を置く自分の運命を逆恨みしていたのかも知れない。話が「わが社」のことから「私の運命」になってしまった。私は哀しい話をしているつもりだったが、聞いていた方々はそこまで斟酌していなかった。出版社を希望している学生たちに、その楽しい業界話を聞かせてやってくれ、ということになった。私の話なんか聞いたら、誰も出版社なんか志望すまい、と思い躊躇したが、以前、「出版界は君たちを待っている」と題した講演を頼まれ、「私たちは君たちを待っていない」と大変失礼な話をしてしまったことを思い出し、その謝罪も込めて承諾した。
 出版の世界に身を沈め何十年も生きてしまったが、「出版社になんか来るなよ」と言うのは、資金繰りの忙しさを毎日体験しているからだ。しかし、出版を希望した誰しもが、資金繰りなどを担当するわけではない。出版社志望ということは編集者志望であり、資金繰りを考えるために出版を希望する者はいない。出版=貧乏という等式は、私には当てはまるが、普遍の原理ではない。出版という仕事をしてみたいと本気で思い詰めている学生に失礼なことだ。
▼だからといって、出版の世界が富裕であるなどと、嘘の話をするわけにはいかない。まず、業界の構成について話した。業界の売上は2兆2千億円だ。学生には、これが大きいのか小さいのか分からないだろう。トヨタ一社で売上26兆円、利益が2兆2千億円だと補足した。そして、出版社を名乗るところは4000社以上あり、50人以下の出版社が業界の九割近くを占めていること、年間100点以上出版している会社は164社しかないこと……出版は小零細で埋め尽くされていることをご理解願った。
 出版社は、年間どれだけの本を出版すれば平和に食っていけるか。わが社は11人で63点出して、点数順位で275番目だが、生活は苦しいと力説。とにかく金が目当てで出版社に来るな、人とのつながりを求め、呼びかけとその呼応を大事にしたいと思う者が来いと。編集者の条件については、小誌の数号前で紹介した町田民世子さんの指摘を借用し、「著者や学問への敬意・尊敬・共感をもつこと、知りたいという向上心とともに読解力・理解力をもっていること」を強調した。出版社には編集者だけではなく、営業や倉庫管理もあることを付け加え、ついでにバカ編集者とはどういう編集者かも話したが、ここには書かない。
 こちらからも質問した。私が何者かを知っているか、日本経済評論社とはどういう会社かホームページを覗いてきたか、と。参加している数十人の学生の、誰一人そういう行為はして来なかった。「予習とはそういうことを言うんじゃないの」とやんわり。聴講生は、女子大かと思うほど瞳の輝く女学生が目立った。熱心に聞いてくれてありがとう。私の話が役に立つかどうか心許ない。青年たちの前途に幸多きことを願う。
▼編集部員を募集した。40歳前の経験者が条件。知人友人に頼み、人材紹介会社やエディタースクールにも声を掛け、大きく網を張った。出版の世界は、明治の学生に話したように、小零細会社が肩をぶつけ合うようにして生きているムラのようなところがある。経験者を募集と言えば、全く知らない会社の人から応募があるとは思えない。案の定、履歴書を送ってきたのは、よく知っているどころか、そこの社長とは酒を呑む仲だった。会社も遠くはない。急いで面接した。どういうつもりで応募したか、と詰問。専門書が作りたいのです。それでは応募の理由にならない。この会社でなければならない訳を言ってくれ。そんなこと答えられません。出版物も尊敬しているし、会社の皆さんも好きだし、そんな人たちと一緒に仕事をしたいからです。この回答には、編集の経験などを超越する熱っぽさがあった。心は動いたが、彼の社長の顔もチラつき呻吟した。採否の即答を避け、後日にのばした。出版界はムラだ。そこの社長と銀行の窓口で会ってしまった。応募者も応募のことは社長に話してはいまい。何か後ろめたいことをしているようで気が引けた。数日後、彼の方から回答があった。「採用されたら社長同士の仲が裂けます。私の応募は取り下げ、元の所で精出します」。誰も、何も知らないうちに、何ごともなかったような、とぼけた日常が戻ってきた。でも、あなたと一緒に仕事がしたいなどと云われると、感応する。
▼新社員は別口で決まりました。入社する方も迎える方も、それぞれの期待を膨らませ心配もしている時間です。