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  • PR誌『評論』187号:シリーズ「アメリカの財政と分権」を刊行する問題意識

シリーズ「アメリカの財政と分権」を刊行する問題意識

渋谷 博史

アメリカの首都ワシントンは国際都市であると同時に、州際都市でもある。
国際都市の構造は以下のごとくである。ホワイトハウス(大統領府)のある西16丁目から3ブロックほど西に歩くと、西19丁目では世界銀行とIMFが向かい合っており、さらに1ブロック西に行って5ブロック南に下ると連邦準備制度がある。ちなみに連邦政府の財務省はホワイトハウスの東隣りである。世界銀行とIMFが向かい合う地点から、西19丁目の緩やかな坂を北に向かって10分のぼると、有名なデュポンサークルがあり、そこからマサチューセッツ通りを北西に上がっていくと世界各国の大使館が並んでいる。この界隈のタイ料理や日本料理のレストランに入ると、実に国際的であり、自分までが国際的な人物になったような気がすることもある。
他方、ホワイトハウスからペンシルバニア通りを南東に向かうと、連邦議会につきあたる。日本のニュース番組で特派員が議会議事堂を背景にしてワシントン報告をするのは、ホワイトハウスからペンシルバニア通りを東へ2ブロックのフリーダムプラザという空間である。上記のマサチューセッツ通りに集まる世界各国の利害に対して、ペンシルバニア通りのホワイトハウスと連邦議会による政策の決定と、財務省等の省庁や連邦準備制度、さらにはIMF・世銀等の国際機関による政策の実施という国際的な出来事がこの半径数キロの地域で起こっている。
さて、州際都市というのは以下の事情である。連邦議会は、アメリカ合衆国(United States of America)を構成する各州(States)の利害を調整する場所である。ワシントンには、さまざまな業界団体や圧力団体──AFL・CIO(労働団体)、AARP(高齢者の団体)、全米商工会議所、全米銀行協会、SIA(証券業)──が揃っているが、全米のそれぞれの州や地域からも強烈な圧力がかかっている。若いころ、私はリュックを背負って、連邦議会の議事堂の周りに立つ議員会館の内部を散歩することを至上の喜びとした。日本からアメリカ財政を勉強するために来たと真剣に頼むと、さまざまな便宜と好意が提供された。時には議会公聴会を直接見ることもできたし、証言者がさしだす資料を頂戴できた。そして、議員会館の廊下で気がついたが、多くの上院議員や下院議員の部屋の前に州旗が掲げられていた。まさに各州の代表として、上院議員と下院議員が連邦議会に送り込まれている。
国際問題の政策決定においても、多くの場合、各州の利害調整を伴うものである。まして、アメリカ国内の政策については、各州の利害は極めて重要であり、逆にいえば、各州の利害を織り込む形で連邦政府の政策が決定され、実施される。もちろん、建国の歴史的経緯や政治的伝統にも規定されるが、アメリカの内政において21世紀の今日においても州政府が強いイニシアティブを維持して、分権的な連邦システムで運営されているのは、それぞれの地域において「草の根」的な民主主義が力強く機能して、「地域力」が基盤となって州・地方政府の政策実施を支えているからである。
誤解を恐れて念のために言うが、アメリカを褒めたたえることが目的ではない。アメリカ・モデルの経済社会が有する、「分権的な小さな政府」という特質を取り出してみせることで、われわれが日本の経済社会を見つめる際のひとつの手掛かりを提供したいのである。
勿論、現実のアメリカ経済社会にも醜いマイナス点があることは承知しているが、それに対処すべきはアメリカ国民であり、われわれ日本人は、日本の現状を維持する言い訳のためにアメリカの悪口を並べ立てることにエネルギーを注ぐ必要はないと思っている。
 [しぶや ひろし/東京大学社会科学研究所教授]