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自治意識の再確認からはじめる自治論

野田 遊

「自治意識」と聞いて、何のことかと感じる市民も多いと思われる。自治意識のない市民のニーズは一般に不明瞭で、そのような状況で、たまたま声をあげた自治体の職員や議員、市民の声が政策に強く反映してしまうと、自治体運営は危険な方向へむかってしまう。地方自治に無関心のままでいると、歳出増への同調圧力がどんどん働き自治体や地域を崩壊に導く。自治意識のない市民は、自治自立の精神のない自分を顧みず、政策の失敗をすべて自治体のせいにする。自治体の構成主体は自分であるにもかかわらず、そうしたことに慣れてしまう。2月刊行の『自治のどこに問題があるのか──実学の地方自治論』は、自治の根本的課題である自治意識の再確認からはじめ、第1章から第12章まで一貫して、民主的で効率的な自治体運営のあり方について検討する読み物である。

従来の地方自治の教科書には、歴史、組織、制度、政策といった伝統的な対象範囲を概ね包含しつつ、市民の目線を重視するもの、政策分野別の制度や事例を扱うもの、法務や会計など得意とする分野を強調するもの、海外の制度と比較するもの、あるいは、行政学的視点だけでなく政治学的視点からも論じるものなどがある。同書においても、伝統的な対象範囲を包含しつつ、市民の目線に重きをおくが、従来ほとんど触れられることのなかった自治意識の理解を重んじた内容としている。これが同書の第一の特徴である。市民自らが自治体のオーナーであり、自分たちのことを自分たちで決めるという自治意識が自治を機能させる前提となる。公共政策は、みんなのための政策をみんなの税金を出しあって維持している。この点を素直に理解できれば、現状の自治体において、市民が知らないうちに想像以上に多くの事業やサービスを実施し、将来世代を含む市民の税金を遠慮なく使用し、借金を背負うことが深刻な問題と実感できるはずである。自治体の運営は、市民の自治意識をもとに効率的かつ民主的になされる必要性を認識したうえで、自治の主体、管理と実践、そして行政編成について議論を展開している。

同書の第二の特徴は、自治体の実情を客観的にとらまえた内容としている点である。これは、2000年に入る少し前から自治体が迎えた激動の時期に、筆者が民間のシンクタンク研究員として、自治体の政策形成過程に深くコミットしてきた経験に基づくものである。しかし、シンクタンク研究員として、学術的な方法論に沿わない思いつきのアイデアや洞察を根拠なく論じるのは浅はかである。一方、大学の研究者として、自治の現場でおきている課題の重みや本音、政治を理解しないような、高尚にみえるが表層的な評論は現実の社会に役立たない。同書は、自治体の現場における実情をわきまえ、アカデミックな観点から自治の論点について吟味したものである。自治体の実情を客観的にとらまえ、自治の課題解決に向けた実学志向の書として、研究者や学生だけでなく、自治体の職員や議員、そして、市民一般の方々に関心をもって読んでいただきたい。

第三の特徴は、地方自治に関わる海外の先端研究の動向を加味している点である。地方自治を論じる書の中には、古くから言及されてきた内容を重視しすぎているのか、かわりばえのしない議論を焼き直しているものを見かけることがある。古い知見でも色あせないものもあるが、数十年も前に議論されているものがほとんど変わらないケースはそれほど多くはないため、同書では、国際学会で関心が高い知見を適宜扱うようにしている。たとえば、広報と市民の認識の変化、自治体のシェアードサービスや行政編成がそうした研究領域であり、それらの議論をふまえながら、地方自治の可能性や処方箋が広がりのあるものになればと考えている。

自治は自分たちで社会を管理することである。自治意識の確認は、その前提である。政策は、現役世代の税金と将来世代の借金を原資に実施されている。誰のお金でサービスを維持しているのか。あるいは補償を実施しているのか。自治意識、実学志向、先端研究をふまえた同書により、自治を再確認する機会としていただきたい。

[のだ ゆう/同志社大学教授]