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  • PR誌『評論』221号:『冷戦期アジアの軍事と援助』とこれまでの武器移転史研究

『冷戦期アジアの軍事と援助』とこれまでの武器移転史研究

横井勝彦

2021年3月に上梓した横井編『冷戦期アジアの軍事と援助』は、冷戦期に米ソが展開した軍事援助とアジア諸国(インド、韓国、台湾、日本)の兵器産業との関係に注目し、以下の三部構成で議論を展開している。

第Ⅰ部「冷戦前の軍民転換・武器移転・地域経済」では、あえて冷戦以前を扱った論稿を揃えた。両大戦期における総力戦、軍民転換、武器移転・技術移転が国民経済や地域社会に及ぼした影響を、イギリスのリンカーン、日本の岡谷・諏訪地方、インドのバンガロールなどを対象として検討している。

第Ⅱ部「冷戦期の国際援助」では、米英とソ連の国際援助がアジアに対して、いつ、どのような形態で展開されたのかを解明する。アメリカがアジア諸国と締結した相互防衛条約と軍事援助・武器移転との関連、アメリカの技術援助における民間企業の役割、ヘゲモニー支配をめぐる対インド軍事援助競争などの実態に迫る。

第Ⅲ部「冷戦期アジアの軍事的自立化」では、第Ⅰ部と第Ⅱ部での議論を踏まえて、米ソの軍事援助とアジア諸国の軍事的自立化との関係に注目する。インド、台湾、韓国、日本の軍事的自立化に関しては、その契機も到達点も同じではない。第Ⅲ部ではそうした点を確認するとともに、軍事的自立化と国民経済との関係についても議論を展開する。

ところで、本書刊行の翌日、海外の協力者には礼状を添えて早速航空便で献本する予定であったが、新型コロナウイルスの感染防止のため、インドへの航空便はストップしていた。予想外の事態である。もっとも、昨年3月頃よりコロナ禍で海外出張は取り止めを余儀なくされ、いまだにその状態が続いているのであるから、「人」に加えて「モノ」の移動が制限されても不思議はない。残るは「情報」の移動のみか。いまや共同研究や研究所の活動スタイルについても新たな対応が求められているのであるが、以下では、新たな模索の基点となる本書刊行までの共同研究の足跡について紹介しておきたい。

我々の武器移転に関する共同研究は、当初、第一次大戦以前の日英関係に注目して始められた。その成果が、奈倉文二・横井・小野塚知二『日英兵器産業とジーメンス事件』(2003年、以下、いずれも日本経済評論社刊)と奈倉・横井編『日英兵器産業史』(2005年)である。

その後、世界的な規模での武器移転の構造を追究していくこととなった。メンバーを補強して、両大戦間期にまで時代を広げた関係もあって、新たな共同研究が成果をまとめるにはいささか時間を要した。ようやく横井・小野塚編『軍拡と武器移転の世界史』(2012年)と横井編『軍縮と武器移転の世界史』(2014年)が刊行された頃には、日本政府によって武器輸出三原則が大幅に緩和され、武器の輸出入を基本的に容認する防衛装備移転三原則が政府方針として制定された。この時点で、我々の研究会はすでに10年が過ぎていた。メンバー諸氏の強い問題意識に支えられて稀にみる長命である。しかし、これはまだ折り返し点に過ぎなかった。

2015年、明治大学で国際武器移転史研究所の設立記念シンポジウム「軍備管理と軍事同盟の〈今〉を問う」が開催された。その年には防衛省が、大学から防衛装備に関する先端技術の提案を募る「安全保障技術研究推進制度」を導入し、大学が軍事と一線を画す日本の伝統が揺らぎはじめた。

そうした中で、我々の研究所の方は、所員の豊富な研究蓄積と広い国際ネットワークを背景に、研究叢書の刊行をかなりのペースで進めた。今般の『冷戦期アジアの軍事と援助』も含め、これまでに刊行された研究叢書は、横井編『航空機産業と航空戦力の世界的転回』(2016年)、榎本珠良編『国際政治史における軍縮と軍備管理』(2017年)、竹内真人編『ブリティッシュ・ワールド』(2019年)、榎本編『禁忌の兵器』(2020年)、高田馨里編『航空の二〇世紀』(2020年)、以上の6冊で、執筆者は延べ60名(うち海外研究者は12名)に及んだ。

我々の研究所の目的は、総合的歴史研究を通じて、軍縮と軍備管理を取り巻く近現代世界の本質的構造を解明することにある(http://www.isc.meiji.ac.jp/~transfer/)。上記の研究叢書がそうした課題に貢献し得ることを願ってやまない。

[よこい かつひこ/明治大学教授]