神保町の交差点

●自宅隣の空き家が先日取り壊され更地となりました。定年後を悠々自適に過ごし、気さくに接してくれたオジさんがいた家です。病気が発覚し入院をしていましたが、昨年の三月に亡くなってしまいました。八千代市に移り二十四年、市内をウロチョロしながら今の場所に落ち着いて十三年になります。引っ越したころは子供も小学生で、近所には小さな子供が居なかったこともあり、近所の方々が大変かわいがってくれました。子供らは登校時、顔を見かけると全員に「おはよう」と挨拶しながら通っていたのです。そのお蔭か下校時には、ご近所のおばあちゃんらがミカンやリンゴ、庭に咲いた季節の花々をくれたとよく子供が話してくれました。こういった事が日常と思い過ごしていましたが、時間の経過とともに先輩住民の方々はご子息との同居等々で離れていき、見わたせば両隣とお向かいの十軒のうち半分が空き家となり、その後分譲地となったのです。以前を思えば寂しいと感じてしまいますが、その地に新しい家族が移り住み、ご近所付き合いが始まることを考えると、こうして地域が続いていくものなんだと改めて感じたのです。
 私もリンゴやミカンを準備しとかなくてはと思います。
●設立五十周年の企画として、『評論』で四月、七月、十月、十二月と四回にわたりテーマをもうけ、長老から若手の研究者と幅を広げご執筆をお願いいたしました。一回目は武田晴人(東京大学名誉教授) 、江原慶(大分大学経済学部) 、大島久幸(高千穂大学経営学部)、岡部桂史(立教大学経済学部)の先生方に日本経済と経済学の「これから」をテーマにお願いしました。引き続き、歴史学、災害とコミニティ、零細出版社の「これから」なるテーマで進めたいと思っています。
●猛威を振るう「COVID─19」、日本国内も騒がしくなり連日どのテレビもこの話題だけです。全業界にわたり深刻な影響を与え、この先の不透明感をヒシヒシと感じます。出版業界でも影響が出始め、出版社の営業は書店訪問を自粛し、取引業者の来社も減りました。そんな折、製本会社の社長と話をする機会があり見通しを伺うと、印刷・製本所の状況はもっと深刻なようで、例年組まれていたイベント等がオリンピック開催に伴い先送りや中止になっていましたが、期待していた秋以降のイベント等もこの「COVID─19」ですっ飛んでしまい、パンフレットやチラシ、カタログなどの発注も激減、数か月間開店休業状態を覚悟しなければとため息まじりに話してくれました。書店への客足は遠のき、代わりにアマゾンが調子いいとも聞きます。外出自粛の影響もあると思うのですが、ひとつの理由として「人が触った本に抵抗がある」と聞きました、複雑な気持ちになります。
●三月中旬、母の兄が病に倒れました。病状を電話でやり取りしながら、「生きているうちに会いに行くからね」、と約束したのですが叶いませんでした。母の生家は北海道、「緊急事態宣言」が発令されて二十日目のことでした。