神保町の交差点

●専門書の出版社は毎年一月から三月の年度末に多くの書籍を刊行します。長年、この慣習でやってきましたが、昨年末あたりから状況が変わり、今年の初めに至っては、例年の新刊点数に製本所が対応できないという状態に陥り、業界は大騒ぎとなりました。小社も例年、この三か月間で年間計画の三分の一以上の本を作っていました。どうしても期日が動かせないもの以外は刊行を先延ばししましたが、年度末ということで、会社の決算にも絡む問題です。それはもう大変なことになりました。
●どうしてこうなったのか。今、製本業界が大変なことになっています。昨年一〇月一六日、全日本製本工業組合連合会(全製工連)が製本会館で記者会見を開き、「旧態依然の取引慣行に起因する低価格や〔価格に見合わない〕過剰品質などが製本会社の経営を圧迫していることから、取引先事業者様に対して、製本業界の窮状に理解を求めるとともに、事業の継続、製品の安定供給を可能にするため、取引慣行の改善と適正な取引条件について配慮するよう訴えていく」と表明したのです。
全製工連の会員数は二〇一八年度末で七二八社あり、全盛期の一九七五年の二三五二社からはすでに七割減少してしまいました。東京近郊でも、一〇年前には八〇〇社を超えていた製本会社は一九年九月現在で四五二社にまで減少しています。今も月平均で二社ほど廃業している状況です。「製本業界の製本単価は三〇年来ほとんど変わらず、数をこなすことで何とか続けてきたのが実情で、製本原価の約半分は人件費が占め、最低賃金が上昇することでいっそう厳しい経営環境におかれており、会社の設備投資まで資金が回らず、製本機械が壊れたら、即廃業という状況に追い込まれている事業者が本当に多いのです」と製本会社の社長が話してくれました。
●出版社も、この二〇年下がり続ける売り上げに歯止めをかけようと、読者との間を繫ぐ書店や取次会社と、いろいろ模索しながら取り組んできました。ネット書店しかり、電子書籍もそうです。その反面、出版社が制作費等の見直しをすることで、値引き合戦が起こりました。それに製本会社も巻き込まれてしまうのです。
 出版社は近年、売上げ短冊を挟み込まないスリップレス化を進めています。二〇一八年四月に角川文庫が始めました。一九年の四月にはスリップレス化の波は広がり、導入する社は一〇〇を超える勢いとなっています。ある出版社の会に出席した際、「スリップレスにしたら六百万円ぐらい経費が浮いたよ」と、話していました。大手であればもっと高額の経費が浮くことでしょう。でもよく考えてみると、その分の受注を見込んでいた印刷会社にとっては大きな収入減になってしまいます。個人事業者ならば即座に死活問題です。小社がスリップをお願いしているところも一人会社です。
●多くの出版社が、読者に本を届けることに努力を惜しまず取り組んできました。しかし、形となった本についてはそうであっても、本を形作るという足元についてはどれほど目を向けてきたのでしょうか。危惧することは、出版社自身が生き残ることを考えた時、「本を作る土台」も一緒に考えているかどうか、出版社自らが自分の首を絞める行為をしていないかということです。非常に大きな問題だと感じています。日本書籍出版協会も分科会を持ち、流通問題、製造問題等に取り組んではいますが、「時すでに遅し」となっては大変です。著者の皆様、早めの原稿提出をよろしくお願いいたします。
●大妻女子大学のブックレットを小社が刊行することとなりました。昨年の秋頃から話を進め、この八月に、「大妻ブックレット」シリーズがスタートできました。今年度は三冊、一冊目は『女子学生にすすめる60冊』。五学部、一一学科の教師陣が、学生にぜひ読んでもらいたい「おすすめの本」を各二頁にまとめ紹介しています。二冊目は安藤聡先生著『英国ファンタジーの風景』。「不思議の国のアリス」や「ホビット」、「ハリー・ポッター」など、なぜ英国では優れたファンタジーが生まれるのか。作者にゆかりの土地と、作品の舞台・背景を紹介し、その魅力を紹介しています。三冊目は尾久裕紀先生・福島哲夫先生編著『カウンセラーになる──心理専門職の世界』。カウンセラーになるには、大学でどのように学び、どんな資格が必要なのか、わかりやすく解説している手引書です。この「大妻ブックレット」をとおして、どのような魅力をお伝えできるか楽しみです。
●六月末に無事、弊社の株主総会を終えることができました。計画していた点数を刊行できず厳しい内容となり、私も消沈していましたが、それにも勝るあたたかい激励をいただきました。おかげさまで頑張れる私と社員がいます。総会後、ささやかですが開いた宴の席で株主の方に、「会社の雰囲気がすごく良くなったね」と言っていただきました。三年かかりましたが、大きな一歩です。 (僅)