• TOP
  • PR誌『評論』
  • PR誌『評論』215号:CANZUK(カンザック)連合を夢みる人々

CANZUK(カンザック)連合を夢みる人々

竹内 真人

 二〇一六年六月二三日に実施されたイギリスの欧州連合からの離脱(ブレクジット)をめぐる国民投票は、イギリスの将来に関する活発な論争を引き起こした。残留派の人々は「欧州連合からの離脱によってイギリスは国際的な影響力を失って孤立する」と予想したが、離脱派の人々は「欧州連合からの離脱はイギリスが今後グローバルに影響力を行使していくための好機である」と捉えた。
 このように肯定的に想定した離脱派の人々をブレクジットへと駆り立てた将来構想は何だったのだろうか。その一つはコモンウェルス諸国との関係緊密化、なかでもその核となるCANZUK諸国(イギリスとカナダ、オーストラリア、ニュージーランド)との連合への期待であった。CANZUK連合を推進する人々によれば、同連合は欧州連合よりも国家統合の可能性が高い。なぜなら、エリザベス二世という共通の国家元首、英語という共通言語、マグナカルタやコモンローに基づく共通の法制度、共通の議会制度などを持っているからである。CANZUK連合内で自由貿易や人々の自由な移動を保障することは、一九七三年にイギリスが欧州経済共同体に加盟した時に潰えてしまった「英語諸国民の夢」を再び復活することにもなると主張される。CANZUK連合の唯一の欠点は地理的に離れていることであるが、推進派の人々によれば、国家連合の障壁にはならない。なぜなら、格安で迅速な航空輸送やインターネット経由の安価な通信の発展によって地理的な距離は縮まってきており、地理的な距離よりも、アイデンティティの共通性の方が重視されるようになってきているからである。
 このような主張を現代イギリスの様々な離脱推進派の団体が唱えている。その一つが二〇一六年に設立されたCANZUKユナイティングである。そのメンバーは多様であり、例えばウィンストン・チャーチルが著した『英語諸国民の歴史』の続編である『一九〇〇年以降の英語諸国民の歴史』を刊行したイギリス人歴史家のアンドリュー・ロバーツ(Andrew Roberts)や、アメリカ人企業家・作家のジェームス・C・ベネット(James C. Bennett)、イギリス人エコノミストのアンドリュー・リリコ(Andrew Lilico)などがいる。CANZUK連合について、アンドリュー・ロバーツは次のように主張する。CANZUK連合の復活は、ブレクジットによってイギリスにもたらされる最大の好機である。それは、アメリカ合衆国と欧州連合に並んで、CANZUK連合が西洋文明の第三の柱となるというウィンストン・チャーチルの夢を現実化することになるからである。
 このようなCANZUK連合を夢みる人々はイギリス政界にもいる。とりわけ重要なのは、ブレクジット党代表のナイジェル・ファラージとイギリス首相のボリス・ジョンソンであろう。ジョンソン首相は、一九七三年のイギリスの欧州経済共同体への加盟を、イギリスの「同胞や血族」であるカナダ、オーストラリア、ニュージーランドに対する裏切り行為であったと捉え、次のように主張した。「世界経済は二〇〇八年の世界金融危機以降に一〇兆ドル程度成長したが、この経済成長はアフリカとアジア、そして一九七三年にイギリスが無視したコモンウェルス諸国で生じている。我々はヨーロッパを越えて、今後数十年間に経済成長が見込まれる諸国との絆を強めることに目を向けなければならない」。ジョンソン首相はCANZUK連合内での人々の自由な移動にも賛成しているのである。
 このような離脱派の人々のCANZUK連合への期待を、イギリス帝国の再来、すなわち「帝国2・0」と批判されるべき夢想と判断することは容易である。しかし、ブレクジット以後にイギリスが目指すべき新たな道としてCANZUK連合が離脱派の人々のなかで真剣に議論されていることもまた確かなことなのである。このような言説を背景にしたブレクジットの今後から、筆者はますます目を離すことができない。
[たけうち まひと/日本大学商学部准教授]