神保町の交差点

●出版社をはじめる時、新規に取次(日販・トーハンなど本の問屋)の口座を開設することは大変です。
 四年ほど前、新規に出版業を立ち上げた版元の取次口座開設の交渉に、私も同席したことがあります。
 まず書籍部の担当者と面会し、会社の決算書と今後の刊行スケジュール、社内状況を踏まえながら話が進んでいきます。書籍部の担当者もその版元の出版状況を事前に調べていて、一点一点、「この本は〇〇新聞の書評に掲載されていましたね」、とか、「社内のデータを見るとこの本はよく売れているようですね」と、その時は好感触でした。私も、「ぜひとも口座を開設していただきたい、出版社を育てていくのも、取次の使命です」と伝えて、ひと月後の回答を待つこととなりました。しかし取次からは「残念ながら」と断りの返事を受けたのです。年間一〇点の新刊を世に出し、出版姿勢も評判が良く、何より著者、読者から高い評価を受けているにもかかわらずです。取次の審査部からは「一人会社なので」、との説明だけでした。少し前であれば状況はまた違っていたかもしれません。今年は、流通運賃の高騰問題、人材不足、出版業界が大騒ぎしたアマゾンの直接取引問題も沈静化したように見えますが実際は今なお燻っており、そこに本の販売不況が重なって、業界全体がもがいている状態です。だからこそ今、新参者を迎え入れる大きな懐を持つことで、斜陽産業と言われるこの業界の盛り返しを図っていく必要があるのではないでしょうか。「一人会社」だからこそ、取次との口座を開くことで少しでも本の販路を増やすことができれば、会社が潤い、人を雇え、本を作り続けることができるのです。今、出版業界でも世代交代が起こっています。若き経営者たちは奮起しながらも、先の不透明さから不安を抱えています。これらのことを伝えるべく、その版元と共に近々取次に再交渉してまいります。
●二〇一六年、浅井良夫・大門正克・吉川容・永江雅和・森武麿編著『中村政則の歴史学』の刊行に向けて編集委員会が立ち上がり、第一回目の編集会議が九月に成城学園大学で行われました。企画の主旨説明、進行の確認後、本の構成案を決めていく中で、大門先生は、「中村さんを回顧したり顕彰したりすることを目的にしたよくある追悼文集の形式にはしたくはない」とお話しされています。今号の評論で、大門先生が詳しく執筆されているのでここでは割愛しますが、中村政則先生が研究人生を通し残された多くのメッセージを、今いる私たちがどう受け止め、理解し、また客観的な形で検証ができるのか、ぜひご一読ください。
●会社が続いていくなかで、著者と編集者の繋がりがどれだけ大切なことか。二月・三月は例年、小社でもテキストの販売で繁忙期となるのですが、今年はそのようなこともなく過ぎ去っていきました。なぜ教科書採用が減ってしまったのか、出庫した採用品の書名を見てみると、それは現在いる編集者と繋がった先生方からの注文がほとんどだったことに気づきます。ひと時代を築いた社員が去った覚悟はしてきたつもりでしたが、このような影響が出てくるのかと、物心両面で予想以上の大打撃となりました。新しい著者との出会いもさることながら、永きにわたり繋がり続けてきた著者との関係が、ここで失われることのないよう努力していかねばならないと痛感した次第です。
●年に数回、書店員さんたちと交流の機会があります。小社の本を取り扱ってくださっている書店の方です。その数は限られていても、長年の信頼関係を築いてきました。焼酎片手に談笑中、「注視すべき出版社」なる話題になりました。書店員さんは、「入庫してくる本を毎日、それぞれのジャンルに分けて棚差しをする。さばく冊数は一二〇〇冊くらい、本に触れ、その出版社、書名を覚え、得意分野を理解しながら棚を充実していき、読者の要求に即、応えられるよう努力している」と言います。その書店員さんたちが気にかかるのは、専門書出版社の実用書・一般書への傾倒で、最近は増加傾向にあるそうです。どうして「注視」なのか聞くと、専門書出版社は歴史と実績を踏まえ、高正味の版元が数多くあります。そのような版元が、一般向けの路線の本ばかり手掛け、販売促進をかけ続けることに、非常に違和感を覚えるのだそうです。「出版物がブレることで、今まで築き上げた信用が揺らぐ。これは悲しいことです」。書店員さんたちに信頼されなければ、書棚に本が並ばないと考えると、数年前に取次の担当者に言われた「日経評さんはブレてませんねー」との言葉も、堅実に専門書を出版し続けてきたことを評価してくれていたのかと感じたのです。
●六月末、四七回目の決算を無事終えることができました。これで小社も、四八年目に向かうことができます。この四七期も日々、多くの著者や書店、取引先の方々に助けていただきました。御礼申し上げます。 (僅)