松岡二十世とその時代

松岡二十世とその時代

北海道、満洲、そしてシベリア

内容紹介

東京帝大新人会を経て渡北、小林多喜二『不在地主』の現場。富良野争議や月形村争議を指導・勝利するも、3.15事件で網走に下獄。満洲で労働・農業問題に取り組む。敗戦。極寒のシベリアで「ひゃくしょうのよきひ」を夢見つつ果てた。昭和の知識人、松岡二十世は何のための生きたのか。いま亡母に告げる。「父親回来了」。

目次

前編 大正デモクラシーから二・二六事件の昭和十一年まで 

第一章 松岡二十世の学生時代
――大正デモクラシーの終焉から激動の昭和へ――

1 第二高等学校にて
第二高等学校入学――四修五卒
失恋、長兄忠雄の急死そして教会での受洗

2 東京帝国大学法学部と東京帝大新人会
東京帝国大学法学部入学
東京帝大新人会

3 東京帝大大学院にて
政治研究会
旭川での夏期農村青年学校
二十世、北海タイムス社へ
エンゲルスの『ドイツ農民戦争』の翻訳

第二章 北海道農民運動のかがやき

(一)二十世の『不在地主』――労農提携のもたらした勝利

   1 『不在地主』の歴史的意味

2 日農北聯と磯野富良野農場小作争議

3 労農提携の下での争議の進展とその妥結
富良野農場小作争議団の出樽と銃火なき「戰ひ」の開始
小作人妻女連の出樽と小樽での活躍
小作契約書偽造が明らかに
調停工作が実り小作争議妥結へ

4 松岡二十世と小林多喜二
『轉形期の人々』の中の二十世
多喜二の「戦ひ」と二十世のガリ版刷りビラ「情報第一号」

(二)樺戸郡月形村小作争議

   1 月形村小作争議の背景

  2 月形村小作争議の特徴

  3 月形争議第一幕の幕開けとその推移
見よ暴虐なる地主根性を
秋の闘争の火ぶたわ 月形支部で切られた!
地主中西下水転落事件
月形村役場での二十世の検挙と強まる弾圧
警察犯処罰令の効用と限界
二十世の保釈、現場復帰と争議の潮目の変化
植松村長の標津村への転任辞令下る
月形村での日農北聯常任委員会の開催と植松村長の離村
第一回村民大会の開催
キヨウド ウダ イシヨウリ 六トカイケツ

   4 月形争議には第二幕もあった
二十世は旭川に戻り、月形争議第二幕始まる
一一・二一の仮差押えと換価売買の実施を巡る大紛争
札幌地裁での和解による争議第二幕の幕引き

   5 月形村小作争議余話
二十世・よい子の結婚
東京帰りの喜多幸章北海道農民運動戦線に
集産党関連を口実としての道内左翼関係者一斉調査
人間万事塞翁が馬
月形村争議関係者と三・一五事件

第三章 北海道三・一五と旭川共産党事件  
――治安維持法違反被告事件と北海道農民運動の崩壊――

  1 北海道三・一五事件の序章  
九津見房子と一燈子、札幌へ
北海道三・一五事件と三田村四郎

  2 暁の急襲  
思想・言論暗黒時代の幕開け
北海道での三・一五

  3 それぞれの三・一五  
◎ 北海道廰特別高等課第一期捜査
札幌市
札幌市の三田村宅にて
小樽市
旭川市
樺戸郡月形村
旭川市在日本農民組合北海道聯合会にて
◎ 北海道廰特別高等課第二期捜査
三月末の札幌の三田村宅にて
暗号党員名簿
党員名簿、地区委員会、そして地区委員会委員長
旭川地区委員会
四月八日、札幌の三田村の引越先にて
四月二十日、再び札幌の三田村の引越先にて
樺戸郡月形村の四月
日本共産党事件中心人物供述大要
旭川地区委員供述
北海道三・一五事件捜査の終結
中心人物供述大要と三田村予審訊問調書との整合性

  4 捕らわれて
獄窓の同志より
幹部連総逮捕下の日農北聯
昭和三年六月二十九日、治安維持法改正
予審訊問の終結と付公判
旭川への冬の訪れ 
日本共産黨旭川地區委員會判決
その時旭川地裁の外では

  5 捕囚の旅路と札幌控訴院での第二審判決
捕囚の旅路――旭川刑務所から札幌刑務所への移送
札幌控訴院での第二審判決
大審院への上告と三・一五事件一周年記念日
荒岡庄太郎の釈放
再びの大弾圧――四・一六大検挙

6 二十世の三・一五の終局――治安維持法ニ所謂國體ノ意義
治安維持法違反被告事件棄却判決
「判示要旨」の意味したもの

7 「國體の意義問題」のよみがえり
「茲ニ國體ヲ護持シ得テ」――昭和二十年八月十四日
第九十帝国議会貴族院――昭和二十一年八、九、十月
「國體」は変わったのか、変わっていないのか
「國體の意義問題」の最終章

第四章 網走刑務所にて――網走番外地―

  1 地の果ての監獄、網走刑務所  

  2 残された人々は
よい子と日農(全農)北聯
よい子札幌に行く
大山郁夫、よい子に会う
仙台の松岡家では
香山園でのよい子
網走刑務所チブス事件
光三一家札幌へ移住
札幌での光三
陳平の最期
二十世の出獄

第五章 釈放、休養、そして再び北海道農民運動戦線へ――二十世の昭和七年――

1 二十世の網走在監当時の全農北聯

   2 蜂須賀農場小作争議とその帰結

   3 網走出獄後の二十世
月形村での静養
石狩山麓の野天風呂
二十世、再び全農北聯書記に

4 東京地裁治安維持法違反判決――東京帝大新人会の同輩連は

5 荒岡委員長の全農北聯脱退

6 ささやかな幸せの中での越年――二十世、家族持ちとなる
五年遅れの松岡家と石田家の親戚固め
長女揚子の誕生

第六章 続く凶事、弾圧、そして大転向の時代へと

1 昭和八年の春にかけて
雨龍村での同志西尾音吉の死
東京築地での小林多喜二の死
國際聯盟からの脱退――昭和八年二、三月
全道支部代表者会議の開催、不能となる

2 夏とともにきた大転向時代
転向の季節の到来――昭和八年六月
九津見房子の釈放
佐野、鍋山、三田村の裏切に対し 全道農民諸君に檄す!
笛吹けど踊る人は?
我なにをなすべきか

第七章 それぞれの転機

1 菅原達郎の場合
東京地方裁判所所長室にて
そして菅原達郎は

   2 松岡二十世の場合
山名正實の出獄――昭和九年一月一日
全国農民組合総本部伊藤実書記の来道と総本部復帰
指導者は農村へ――旭川の北、剣淵村への移住
六月十日、支部代表者会議開催

第八章 「隗より始めよ」――北海道上川郡剣淵村にて

1 剣淵村暮らし始まる――凶作に打ちのめされて

2 昭和十年前半――全農分離派、全農維持派の抗争劇
全農分離派と全農維持派の抗争始まる
長男將の誕生
北聯解体・新団体設立派の動き
全農北聯の全農総本部復帰と二十世の上京
3 北聯再建委員会
山名正實の来道と北聯再建委員会の立ち上げ
杉山委員長の来道と全協七・一〇事件
全農北聯再建委員会のその後
「指導者は農村へ=剣淵村移住」の終焉

第九章 再びの旭川――昭和十一年、平常の年の最後
二十世旭川に戻る
第十九回衆議院議員総選挙と二・二六事件
政治の季節と労農提携の夢よ再び
全農北聯の新執行部体制と全農創立十五周年記念大会
後編 日中戦争の開始からシベリアでの抑留死まで

第一章 前半が平時、後半が戦時――南京陥落で終わった昭和十二年――

   1 平和の時代の最後
全道農民協議会の開催
全道農民協議会における二十世関連決定事項
東京にて――昭和十二年二、三月   
山名正實、政治部・機関紙部の部員に
旧友岡田宗司、門屋博を語る
門屋博と「新評論」誌――新人会の誌上同窓会
第二十回衆議院議員総選挙
北海道での総選挙の結果
全農北聯による候補者擁立の動きとその失敗
近衞内閣の成立と新農相有馬頼寧の土地政策への期待
塩野季彦の法相留任
論考「新内閣と土地政策の展望」の寄稿

   土地制度問題の後日談

  2 日中戦争の開始と急速に戦時化していく我が国社会
北支事変の勃発と社会大衆党
北海道社会大衆党にあっては
社会大衆党全道支部代表者会議
「社大党北聯」と「全農北聯」の二重性
社大党全国大会と全農地方有志懇談会
二十世、島木健作と会う
戦時社会経済体制への移行
昭和十二年の師走――南京攻略と祝賀提灯行列
その蔭での第一次人民戦線事件
人民戦線事件の農民運動への影響
農地調整法の準備、始まる

第二章 日本社会も二十世も変わっていった――東京もそして旭川も――

   1 昭和十三年の年初
岡田嘉子・杉本良吉の南北樺太越境事件
内地から二十世に届いた二通の手紙
門屋博からは
昭和十三年度全農北聯拡大委員会
第二次人民戦線事件起こる
全国農民組合が解体され、大日本農民組合が結成された
山名正實再説――九津見房子とともにゾルゲ事件に関係する
大日本農民組合北海道聯合会
第七十三帝国議会における農地調整法の立法化
農地調整法の内容
帝国議会での農地調整法の審議
第七十三帝国議会での戰時立法

   2 麗しの春は来ず
徐州攻略作戦の下命――徐州々々と 人馬は進む
「農村勞力不足とその對策」
大日本農民組合第一回全国大会
二十世、門屋博と会う
二十世、旭川に戻る
大日本農民組合のその後

  3 昭和十三年の夏
初夏の頃の内外情勢
赤い夕日の満洲へ――僕も行くから君も行け
大日農北聯主事、二十世の主要任務
国民思想研究所の訪問――浅野晃と村山藤四郎
大日農北聯の夏期活動

  4 秋の訪れ
武漢三鎮攻略戦のさなかで
再び三たびの自問――「われ何をなすべきか」
島木健作の来旭

   5 旭川での去りゆく秋と冬の到来
「コップの中の嵐とその後」の政治学
「こころざし」派と「メシのタネ」派と
「國民政黨出でよ―職業的政治家の没落―」
奉魂新營隊の立ち上げ、不調に終わる――一波万波をよばず
そして東京での政変にあっては――旧司法検察官僚平沼騏一郎の登場


第三章 東京へ、そして大連へ

(一)さらば北海道

  1 厳冬下の旭川で
雪と氷柱(つらら)に埋もれて
よい子の日課
ある夜の出来事

  2 別れ  
幼き惜別
女は女同士
きみがやに むしろにいねて かたらいし
樺戸郡月形村にて
月形村役場の村長室にて
『月形村史』発刊計画
松四郎三女満子の誕生

『月形村史』余話 

(二)十五年ぶりの東京

  1 桜の散った頃の上京
昭和十四年の内外情勢
国民思想研究所と二十世の入所
「郷土への愛着」――知的再建の旅路の背景
二十世の私生活
「国民思想」誌
戰爭は、何人も真似ることの出來ない消費者
二十世、編輯發行兼印刷人となる

  2 大陸行きの契機
大連から来た手紙――宮川精一郎、石堂清倫、甘粕正彦
社団法人関東州労務協会と二十世への調査部長ポストのオッファー

   3 兄光三の死と大陸行きの決断
仙台からの至急電と兄光三の死
妹深雪の悲しみ
松岡家最後の「男」――大陸行きの決断
東京も長居の場所でなく
妹深雪との別れ
知的再建の旅路の終わり――十一月二十五日
知多半島の療養所にて


第四章 日本の租借地、関東州大連にて――満洲の労働統制問題と関東州労務協会

  1 二十世、大連に着く
はじめての大連
大東公司による華北苦力の労働統制
永井了吉による「華北苦力の流入と労働統制の実態」
日・満両国間の「チガイホーケンテッパイ」
条約、協定発効後の「労働統制」問題の推移
労務協会宮川常務理事室にて
海水浴場の夏家河子にて

2 満関労働問題に取り組む二十世――昭和十五年
満関労働問題調査ことはじめ
二十世、新京で菅原達郎と会う
昭和十五年の関東州労務協会
昭和十四、五年頃の労働統制問題の実態
論考「滿洲勞力問題の將來」

第五章 戦雲立ちこめていく年
――新京で、大連で、そして東京では――

1 協和会大改革――昭和十六年初春の新京にて
満洲国協和会
民族協和のシンボル、五色の満洲国旗――その命運
三宅光治協和会中央本部長と皆川豊治総務部長
満洲国協和会の大改革に向けて
改革のための「第四の男」と協和会改革

2 関東州大連にあって
関東州労務協会調査部長として
ひるがえって日本内地では
二十世、家族を内地から大連へ
菊川忠雄の指導部長就任

3 駆け足でやってくる戦争
北進論と南進論とのはざまで――関東軍特種演習
深まりゆく無策の自己増殖的危機

4 迫り来る戦争の背後で――ゾルゲ事件の影
事件の摘発と尾崎秀實の逮捕
事件関与の著名人と北海道関係者
ゾルゲ事件と二十世 
尾崎秀實第一次上申書
尾崎秀實第二次上申書

5 同じ頃の満洲では
一・二八工作事件による全満一斉検挙――満鉄調査部事件の端緒
事件の概要
「満鉄調査部事件」へ続く道――リンクピン鈴木小兵衞

6 再び関東州大連にて
       昭和十六年の満・関・華北労働統制問題の推移
       論考「滿關勞働問題の一年間」


第六章 満洲国の首都新京で――協和会入りした二十世

  1 「大東亜戦争」開始の直後にあって
開戦直後の大戦果
二月中旬の新京にて――菅原達郎と
二十世の協和会入り――背広の大連と協和服の新京の二都物語
満洲国協和会創立十周年記念号――「協和運動」第四巻第七号

  2 満洲国建国十周年の秋
興亜胡同の協和会住宅にて
建国十周年慶祝式典
満洲の農業・農村問題特集――「協和運動」第四巻十月号
建国十周年慶祝のかげで
――団体結成罪違反判決と「満鉄調査部事件」第一次検挙

第七章 かくして終わりが始まっていった――昭和十八年

  1 昭和十八年初頭の東西軍事情勢とその推移
スターリングラードでのドイツ軍敗退とドイツのその後
熱帯の島、ガダルカナルで
大本営発表――その粉飾と欺瞞と

  2 満洲農業とのふれ合い
増産推進全国会員大会――昭和十八年二月、新京にて
増産対策座談会の開催
京図線での早春の敦化と蛟河への旅
敦化縣聯合協議會にて
報徳道の人、水谷最

  3 戦時中の満洲を覆う暗い影
中央本部総務部長室にて
関東憲兵隊による「北満合作社事件」と「満鉄調査部事件」
満鉄による自粛措置と新京高等法院判決
満鉄調査部事件における個々人の命運は

  4 春の新京での二十世
蒙古風と柳のわた
新京での子供たち
山本五十六の戦死とアッツ島の玉砕

  5 協和会中央本部の機構大改正
組織改正の主要点
時期的に「遅れて来てしまった」
二十世への人事異動内示
文化部弘報班主務として
父親回来了

  6 終わりの始まりの年の秋
尾崎秀實の死刑判決
学徒出陣壮行会――明治神宮外苑にて
大東亜会議の開催――帝国議会議事堂
南海の航空決戦絶え間なく――大本営発表シンドローム
南の島々で相次ぐ玉砕


第八章 戦局の悪化とともに全てが失われていく

 1 新京での昭和十九年の新春
子供たちの正月
母の喜寿への祝歌
協和会文化部次長として
在満元プロレタリア作家、山田清三郎
二十世、山田清三郎と会う
協和會文藝賞

  2 友との別れ
菅原達郎の政府転出異動辞令
ソ満、鮮満国境の間島省の特性
達郎と二十世の別れの杯
菅原達郎のその後――満洲国の崩壊とともに

  3 ヨーロッパとアジアでの昭和十九年六月――見えてきた大戦の終結
D―DAY――ノルマンディ上陸作戦
日本本土攻撃のためのB29の登場
マリアナ諸島攻略戦――サイパン島失陥と東條内閣の総辞職
B29による満洲爆撃

  4 「巨象」はひと知れず「虚像」となっていった
栄光に満つ 関東軍
国軍軍容刷新要綱による戦力整備
南方戦線への関東軍の戦力転用
帝国陸軍対ソ作戦計画要領の下達――遅すぎた「攻勢」から「守勢」へ

  5 深まりゆく満洲の秋
赫々たる戦果だった筈の台湾沖航空戦
フィリピン沖海戦と紳風特別攻撃隊の登場
満洲と日本での一般の「戦争」感

  6 満洲芸文協会、大東亜文学者会議、決戦藝文大会
満洲芸文協会の設立
第三回大東亜文学者会議南京大会とその後
高見順の新京とハルビン
決戦芸文大会の開催――新京記念公会堂にて

  7 昭和十九年の年の暮れ
半年ぶりで日本に戻った高見順
坂田総務部長邸にて
明日は明日の風が

第九章 満洲帝国の崩壊に向かって

1 カタストロフィーとしての昭和二十年

2 昭和二十年の初春
満洲での正月
昭和二十年始め頃の日・満での共同幻想
満洲での「精強関東軍幻想」と「新作戦計画大綱」
東京の中枢での昭和二十年の正月
ルソン島における日米決戦

  3 昭和二十年の二月
免文化部次長、任調査部付
二十世の朝鮮紀行――ある農場長の話
日・満間の人と情報の交流杜絶

  4 昭和二十年の三月――B29による日本本土爆撃のために
硫黄島攻略戦
カーチス・ルメイの登場と日本本土焦土化作戦

  5 昭和二十年の四月――カタストロフィーはすぐそこに
人事異動もままならず
二十世の満映への転籍
日米沖縄決戦とソ連ベルリン総攻撃の同時進行
四月中旬――ルーズベルト大統領の急死

  6 第二次世界大戦の最終局面
ドイツ第三帝国の終焉
沖縄戦の敗退
B29による日本全土無差別爆撃
その頃満洲国首脳は
根こそぎ動員――関東軍の、関東軍による、関東軍のための
ポツダム宣言、広島原爆投下そしてソ連参戦


第十(終)章 二十世のシベリア物語
――きみがやに むしろにいねて かたらいし ひゃくしょうのよきひ すでにくるべし――

1 物語の発端
昭和二十年九月の新京
新京でのこれまでの二十世
協和会住宅在住だった二十世
二十世の連行、十年後の戦病死公報、そして更に半世紀後の新資料の出現
戦犯容疑者の逮捕開始
満洲帝国協和会
容疑者の連行・勾留・訊問そしてシベリア送り

2 収容所生活の始まり
カザフスタンからウズベキスタンへ

3 第三八七収容所にて
収容所の支所から本所へ
長歌 農民に捧ぐるうた
望郷の念と新しい時代への賛歌
極東への旅立ち

4 「徳田要請問題」の国会論議
参議院特別委員会(昭二五・二・二三)
衆議院考査特別委員会(昭二五・四・一三)
二十世の死亡除籍

5 ノボシビルスク駅にて

6 コムソモリスク・ナ・アムーレにて
『氷雪の時代』の二十世
登録文書による二十世の去就
第八九三特別病院での診断、治療、そして死亡
遺体の埋葬

7 なお残るなぞ
まだシベリアのどこかで
なぜ本人の死亡後に
山田清三郎の場合は
人はいつ死ぬのか